ニューヨークにまつわるお話

海外に出て、日本人は謝りすぎということに気付いた。

投稿日:2016年4月15日 更新日:

242H

超典型的日本人だったぼくが、アメリカに来て大きく変わったことの一つに、「無駄に謝ることをやめた」というのがあります。

世界に誇る日本人の強み

世界に誇るぼくら日本人の良さである、謙虚さ

ぼくらは無意識のうちに、空気を読んだり人に合わせたり、時に譲歩したり謙ったり、そういうことを出来る人種です。

ニューヨークでぼくは多くの人種と出会い、語り、その中でこんな人種は他にいないと感じました。

これは、世界に誇っていいぼくらのスペシャリティーです。

世界で最も信頼される人種

高城剛さんがどこかで書かれていました。

日本国のパスポートは最強である、と。

ぼくらは当たり前のように海外に行き、入国審査を受け、普通にその国に出入りしていますが、他の国の人々にとって・・・例えばおとなりの韓国や中国の人たちですら、この審査がぼくらよりめちゃくちゃ厳しい場合があります。

実際、その国のパスポートによっては入れない国や、ビザの認可がめちゃくちゃ厳しい国が存在します。

ぼくらのパスポートは、非常に優れています。
日本人だから、という理由で弾かれることなんてほぼありません。
この事を知っている外国人にとっては、日本のパスポートはちょっとしたお宝です。

先人達が長きに渡って築いてきた世界からの信頼が、今のぼくらのこの状況を作り出してくれました。

その信頼の根幹にあるのが、例えば海外のぼくらのイメージである真面目さや謙虚さだったりします。

もちろん、全員が全員ではありません。中にはクズみたいな日本人もいます。

だけど、相対的に見て、ぼくら日本人に対しての海外の人たちからの信頼度は恐ろしく高いと、4年の海外生活で強く感じました。

押せば勝てる日本人

これはぼくの主観ですが、この高い信頼を持つと同時に、ぼくら日本人は、ナメられてます

映画、音楽、アニメなど、世界に誇る文化や、建築家を始めとする世界で活躍する著名人をこれだけ要していても、それは一部の日本、一部の日本人のことでしかありません。

一般レベルのぼくたちは、シャイで、物静かで、押しに弱い、そして真面目だから言えばやってくれる、そんなイメージです。

実際、英語でまくしたてられたら何を言っていいのかわからなくなり、テンパり、黙り、謝ります。

自分の意見を言う前に、まず「アイムソーリー」

ビジネスや交渉の場にいる外国人は、日本人をそういう人種だと思っているから、無茶苦茶な条件を押してきたりします。

ぼくも実際、初期の頃はインターン先のボスに無茶苦茶な条件で働かされていました。

気弱な日本人は何も言い返してこない。
だから、押せば倒れる。

そんな風にぼくらを見ている人は、決して少なくありません。

もちろん、総合的に英語が下手なのも大きく起因していますが、波風を立てないようにする、空気を読むというぼくらの特性を逆手にとって、強気で迫ってくるやつらは山ほどいます。

ぼく個人の体験

少しぼくの話をします。

日本にいた頃から、バイト先や学校で波風立てないようにと謝ってばかりだったぼくは、ちょっとした謝りぐせみたいなものがついていました。

息をするように、「すいません」「ごめんなさい」と言っていたような気がします。(多分それは気のせいですが笑)

それはニューヨークに来てからも暫く続き、

例えばお金を払うのに少し手間取った時

例えば電車でぶつかられた時

例えば学校のプレゼンで噛んだ時

ぼくはいつもすぐに、「アイムソーリー」と言っていました。

何も悪いことなんてしてないのに。

小銭の感覚がわからないんだから、お金を払うのに時間がかかるのは当たり前です。

電車では、自分はただ立ってただけなのに。

英語でプレゼンて、そら噛むわ。

でも、こんな状況でも謝ってしまうんですよね。(ぼくだけ?)

そしてある時、アメリカ人の友人に突然聞かれました。

「どうして日本人はそうやってすぐに謝るんだ?」

彼が言いたかったのはぼくだけのことではありません。
彼は、今まで会ってきた日本人を見てきて、実際そう感じていたのです。

すぐに謝る理由

ぼくらがすぐに謝ってしまう理由・・・それはぼくらが外国人に抱いている、劣等感コンプレックスが大きいのではないでしょうか。

ぼくらは心のどこかで外国人(この場合、欧米人を中心とした白人)に対し、強い劣等感やあるいは憧れを持っています。

戦争に負け、文化的に欧米化してきた日本にとって、それは当然のことかもしれません。

アメリカのものはカッコいい。
欧米のものはオシャレ。

そんな風に考えている、特に若い子は少なくないはずです。
(当然ぼくも思ってます。ニューヨークのこのカフェオシャレ!とか、しょっちゅう思ってます。)

だから、彼らに責められると、NOと言えない。
すぐに謝ってしまう。

でも冷静に考えてみると、それって超くだらないことですよね。
本来ぼくら人間は対等であるべきなのに、自分の勝手に感じる引け目で、自分で勝手に上下関係を作ってしまっている。

無駄に謝らないことにした。

自分が悪くないのに謝ることによって、その場が丸く収まることも無きにしもあらずです。
が、逆に相手が調子に乗ることも多いです。

こっちが気を利かせて謝った結果、相手がさらに畳み掛けてくる。
こんなシチュエーションを、こっちで何度も経験しました。
いや、思えば日本でだって同じようなことは何度もありました。

そうやって調子に乗った相手は、「そうだ、お前が悪い。責任を取れ」と、どんどん詰めてきます。

この言い方は極端かもしれませんが、実際にプレゼンやディスカッションの最中などに一度弱みを見せると徹底的に詰められます。

(逆に同情してくれることもあります。「英語が出来ないから仕方ないよね・・・」こんなにみっともないことはありません。)

だからぼくは、ある時を境に無駄に謝ることをやめました。

というより、出来る限り堂々と、少し態度を大きくする位にしていくことに決めました。
無駄にへりくだり自分を下に見るのではなく、同じ人間として堂々と接する。

もちろん、自分が悪いと明らかに分かっている時は謝ります。これでもかってくらい謝ります。

ただ、ちょっとした何かを言う時に最初に出てくる「申し訳ない」という考えを一度捨て、自信を持って発言する。
いつもなら「アイムソーリー」と言っていた部分を、ぐっと飲み込んで、すぐにへつらうのではなく、堂々とすることを意識しはじめました。

これは、何もへりくだったり謙虚であることに嫌気がさしたわけではありません。

こちらで出来た友人達、あるいはこれからあるであろうビジネスの場面で、人と、同じ立場でモノが言える、そういう関係を築いていきたいからです。

結果。

これはあくまでぼく自身の結果でしかありませんが、色んなことがいい方向に動きました。

英語が下手だからなんだ。
ガタイが小さいからなんだ。
戦争に負けたからなんだ。

潜在的にあった劣等感を意識的に排除して彼らと接することで、前よりもずっと、良好な関係を結ぶことが出来ました。

そういう風にすることで、彼らとようやく対等に、腹を割って話せるようになった気がします。

これから。

外国人に対して、妙な引け目を感じることはもう全くと言っていい程ありません。

なのでこれからは、プレゼンだろうがディスカッションだろうがビジネスだろうが、理路整然とし、もっと自信を持って彼らと渡り合えるようになっていきたい、そう思っています。

最後に、日本に留学していたぼくの友人の言葉を引用して終わりにします。

日本人のあの、空気を読む、って何?空気見えないし!!(意訳)

少なくともこれから外国人、あるいは世界を相手にしていくなら、これは超真理です。

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ABOUT この記事を書いた人

SAGAT(さがっと)
2011~16年4月まで約5年間NY在住。留学生としてファッション工科大学(FIT)で空間デザインを学びました。その後、デザイン事務所でのインターン→起業などを経験。現在は個人事業主として独立し、日本の田舎で暮らしています。記事に関する質問などはツイッターからどうぞ。詳しいプロフィールはこちら

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