マンハッタンの911メモリアルミュージアムへと行ってきました。
正直なところ入場料$24も取られるし、最初はあまり乗り気ではなかったのですが、行ってみて強く反省しました。
というのも、ここが自分の人生にとってとても大切なことを教えてくれる、感じさせてくれる場所だったから。
もしあなたがこれからニューヨークに来るのであれば、是非ここへ足を運んでみてください。
911メモリアルミュージアムへの行き方
911メモリアルミュージアムには2,3,4,5,A,C,J,Z線のFulton St(フルトンストリート)駅、E線のChambers Street(チャンバーズストリート)駅、R線のCortlandt St(コートランドストリート)駅が最寄りです。
Fulton St駅。
Chambers St駅
Fulton St駅から出ると、かつてのワールドトレードセンターの跡にできた、ワンワールドトレードセンター(フリーダムタワー)がそびえ立ちます。
メモリアルミュージアムはこのふもとにあるので、それを目印に向かっていきます。
途中、まだ建設途中の新・ワールドトレードセンター駅(World Trade Center PATH station)。2015年末には完成と言われてましたが、まだできてません(2016年2月)
大怪獣みたい。
工事中のこの駅の周囲にはこうして案内が出ているので、これに従っていけばOKです。
駅を越えた先に見える斜めになった四角い建物が、911メモリアルミュージアムです。
911メモリアルパーク
ミュージアムの中に入る前に、その周辺である911メモリアルパークを探索。
かつてワールドトレードセンターがあったそれぞれの跡地に、ノースプールとサウスプールという、滝を模した慰霊碑があります。
911の被害者たちの名前が刻まれています。
ここに、あの巨大なビルが建っていたんですね。
想像ができません。
911メモリアルミュージアムへ
チケットの買い方
メモリアルパーク側にエントランスがあり、そこでチケットを購入することもできます。
日時によっては大変混むようなので、事前にオンラインで購入しておくことも可能です。
料金は以下のようになっています。
大人 | $24 |
シニア(65歳以上) | $18 |
学生(米国内のみ) | $18 |
7歳〜17歳 | $15 |
さらにこれに$15で45分、$20で1時間のガイドツアーを追加することもできます。(英語のみ)
入場時の注意
チケット売り場横から中に入りますが、この時に厳重なセキュリティチェックがあるので要注意です。
飛行機の手荷物検査レベルのチェックをされ、水以外の飲み物は持ち込み禁止となっています。
飲み物を持っている人は要注意。
無事にゲートを抜けたら、そのまま地下へと下ります。
展示
展示が主に設置されているのは地下なのですが、これは実際のワールドトレードセンターの地下を再利用する形で、接続されています。
地下に降りてすぐ右側から展示が始まります。
主に展示は時系列に沿っており、まずはその日の様子を示すインフォグラフィックやインタビュー音声などが流れていました。
こちらが、実際のワールドトレードセンターの地下。
地下二階のコンクリート壁が、そのまま残されていてすさまじい迫力です。
ビルの残骸なども多く展示されています。
さらに地下へ。
ここでは、アーティストが911にインスパイアを受けて製作したアートなどがありました。
ちなみにこの左側のブースには、撮影禁止のエリアで被害者の写真などのデータベースがあります。
奥には、折れ曲がった鉄骨が。
これだけでも、事件の凄惨さを感じることが出来ます。鳥肌が止まりませんでした。
他にも、ビルの上にあったアンテナの残骸や
ビル崩壊の際に破壊された消防車など
事件の悲惨さを伝えるものがいくつも展示されています。
消防車の横に、再び撮影禁止のブースがあります。
ここのブースの中では、時系列に合わせて当日とその後のニューヨークや世界の情報を伝えるニュース映像や記録動画、インフォグラフィック、音声、その他被害者の遺品など貴重なものが多く展示されています。
ブースを出ると、先ほど上から見た壁のふもとへ。
一応展示エリアはここで終了ですが、写真で見せたのはほんの一部。
実際にはまだまだ衝撃的なものが多くありますので、ぜひ足を運んで直接見てください。
当然、写真で見るだけでは伝わらない迫力だったり衝撃を、行けば必ず感じられるはず。
感想
いつか子供を連れてきたい居場所
入ると同時に、少しゾクッとする、ひんやりとして、どこか悲しく重苦しい雰囲気に、なぜか懐かしさを感じました。
そして、展示を見てすぐにその正体に気付きました。
広島の平和記念資料館だと。
あの悲劇を繰り返してはいけない、そのためにあの時あの瞬間の凄惨な記録を後世に残そうと造られたあの資料館。
幼い頃にあそこに行ってあの衝撃的な展示の数々を見たことは、命とは何か、生きるとは何か、ということを考える一番最初のきっかけだったような気がします。
そしてこの9.11ミュージアムもまた、30を手前にした一人の大人に対して同じ問いを投げかけてくれる場所でした。
もし自分に子供が出来たら必ず連れてきたい。
そして、「生きている」ってどういうことなのかを、一緒に考えたい。
イラク戦争の引き金として
批判を恐れずにいうのであれば、あの時イラク戦争に向かったアメリカの世論を、ここの資料を見たあと、ぼくは否定できなくなりました。
もちろん、イラク戦争によって罪もないイラクの人たちの命を奪ったこと、それを扇動したブッシュ大統領を始めとする当時のアメリカ政府をぼくは決して支持しませんが、あの時アメリカの人たちが"報復したい"と思った気持ちには、同情を禁じえません。
もちろん、メディアの報道の仕方など大きく作用しただろうし、実際あの展示の方法は見た人をそういう心持ちにさせるようなものでした。
しかし、あの時あの瞬間、もしぼくがアメリカの人間で、同じ立場だったら・・・?
あの舞台がもし日本だったら・・・?
ぼくは第三者のように「戦争反対」だなんて言える自信がありません。
だからこそ、自分の子供を広島やこのメモリアルミュージアムにいつか連れて来た時、その子供が「アメリカが悪い、イラクが悪い」と単純な、一元的な意見を持たぬよう、ぼく自身がしっかりと学ばなければならないということを、改めて感じました。
あの中にぼくがいてもおかしくなかった。
この場所でぼくが一番強く感じたこと。
それは「ぼくが今生きている"偶然"に感謝しよう」いうことでした。
写真撮影が禁止されていた被害者のデータベースコーナーで、ある日本人のことが取り上げられていました。
彼は当時大学生で、事件に巻き込まれた飛行機のうちの一つに乗っていたそうです。
おそらくこの方。
▶︎草原に向かった航空機 米同時テロ、日本人も英雄に :日本経済新聞
展示によれば彼はカナダとアメリカ旅行している道中にこの事件に巻き込まれたとありました。
これを見て感じたのは、彼がぼくでもおかしくなかったということ。
もちろんこの当時はまだ、ニューヨークで暮らすことも、ましてや行くことすら考えたこともない時でした。
だけど、それはたまたま2001年9月11日の出来事だったというだけで、これが次ぼくが帰国する夏に起こらないとは言い切れません。
そういう意味では、ぼくはたまたまあそこで巻き込まれなかった、というか今、たまたま生きているだけなんですよね。
本気でいつ死ぬかわからない
ふと思い出したのが、昔聞いた祖父の話。
若い頃戦争に行った祖父は、戦艦の砲台で戦闘機を撃っていました。
その時となりの砲台にいた親友が、目の前で戦闘機からの狙撃で命を落としたそうです。
祖父が言うには、「あの時たまたまあいつが撃たれたけど、ワシでもおかしくなかった。ワシはツイとった」と。
今回のメモリアルミュージアムでの体験はまさに、この祖父の言葉を改めて理解出来た素晴らしい機会でした。
あのパリのテロだって、シリアでの空爆だって、あるいは今も日本のどこかで起こっている交通事故だって、たまたまぼくがいた場所で起こらなかっただけ。
明日いきなりこのニューヨークでテロで死ぬかもしれないし、来週いきなり心臓発作で死ぬかもしれない。
昨日もしかしたらいきなり通り魔に殺されてたかもしれないし、先週交通事故で死んでなかったとは言い切れない。
今も生きて、このブログを書くことができているぼくは、超ラッキーです。
今このブログを読んでる人も、今生きてるから超ラッキーです。
「生きていること」を大切にしようと思えた
生きていることに感謝する、なんて当たり前のことです。
だけど、その当たり前を再び実感させてくれる、その思いを強くしてくれる、911メモリアルミュージアムというのはそういう場所でした。
あの凄惨な事件を忘れてはいけない、同じ悲劇を繰り返してはいけないと強く思うことと同時に、自分が生きていることに感謝し、生きることを楽しもうと思わせてくれました。
ぼくらはいつ死ぬか、本当にわからないから。
[speech_bubble type="std" subtype="L1" icon="sagat01.jpg" name="SAGAT"] 今、「たまたま生きてる」んだなぁ、って展示を見ながらずっと考えてしまった。 [/speech_bubble]ちなみに、展示物のインパクトもさることながら、建築としての構造、デザインも非常に優れた場所なので、そういう視点でも一見の価値ありです。